中・下咽頭における表在性扁平上皮病変の病理組織学的診断
更新日:2010年08月16日    掲載日:2010年08月16日
1.はじめに  2.咽頭の表在性病変の病理組織像の成り立ち  3.咽頭扁平上皮病変分類の作成意義について  
4.Dysplasia systemとSIL分類、SIN分類との比較とその問題点およびIPCL atypiaの取り扱いについて  
5.現行の規約のT因子が咽頭の表在性の扁平上皮癌の病態を反映するか?  
6.病理医と臨床医との連携、診断用語の相互理解について  7.まとめ  参考文献

 1.
  近年、咽頭癌の高度危険因子が明らかとなり、新しい内視鏡技術である狭帯域内視鏡(narrow band imaging:NBI)が咽頭領域の診断に応用されたことで、これまで進行癌としてしか見つかることのなかった咽頭の扁平上皮癌が、表在性の扁平上皮癌として見つけられるようになった。咽頭の表在性扁平上皮癌は、咽頭表面の微細血管構造を利用する画像診断技術であるNBIを利用して見いだされるようになった病変であり、病理組織像においても微細血管構造の変化に着目することは、表在性の早期扁平上皮癌の成り立ちを理解し、病理組織診断を行う上でも重要である。さらには微細血管構造の変化が上皮下浸潤といった病態の決定にも寄与することがわかってきていることからも、その変化の意義はますます重要性を増している。内視鏡像における変化がどのような病理組織像に裏付けられているかを提示し、診断項目として微細血管構造の変化を加えた病理診断基準を紹介したい。

一方、上皮下浸潤癌症例の治療前診断とその取り扱いが課題であるが、その指標となるべき咽頭癌のT因子には消化管にあるような深達度が考慮されていない。これひとつをとっても大きな課題であるが、ほかにも幾つかの課題がある。それらの課題を克服することによって、咽頭の表在性病変を見つけていた段階から治療の必要性を考慮した段階へと進み、内視鏡および病理の両面で診断学は向上しなければならない時期に来ている。
このページの先頭へ
 2.
  元来、咽頭の表在性の扁平病変は、咽頭表面のintra-epithelial papillary capillary loop(IPCL:上皮乳頭内ループ状毛細血管)と称される微細血管構造の変化を利用する画像診断技術により、見いだされるようになった病変である。従って病理組織像においても、微細血管構造の変化に着目することは、表在性病変の成り立ちを理解し、病理組織診断を行う上でも重要である。しかし、これまではNBIによって検出され、採取された病変の組織像を、病理医は鏡検したことがなく、従来の病理診断基準とIPCLがどのような関係にあるかを検証できなかった。IPCLを扁平上皮病変の評価項目の中に組み入れて病理診断を行い、内視鏡医にfeedbackすることにより、内視鏡診断と病理診断が統合され、咽頭扁平上皮病変の診断精度の向上がもたらされる。このことは内視鏡的・外科的治療の必要性の有無を含めた治療指針の決定において極めて重要である。
  1)咽頭の表在性扁平上皮病変の内視鏡像と病理組織像
  咽頭の表在性扁平上皮癌の内視鏡像における特徴的所見は、大きく2つに分けることができる。1つは病変部での色調の変化であり、もう1つは食道で提唱されているIPCLの形態変化である。ただし、IPCLは、正常組織および非腫瘍性扁平上皮病変では扁平上皮内ではなく、上皮下乳頭層に存在する毛細血管であり、intra-epithelial(上皮内)ではなく、intra-papillaryとする方が望ましい。これに対し、多くの腫瘍性病変では、IPCLは上皮内に入り込み、分枝して増生するように存在する。この違いを認識しておくことが重要である。これらの2つの所見(色調変化、IPCL)をいずれも認めた場合は、内視鏡像による診断では、癌である可能性が極めて高いとされている。しかしながら、それら2つの所見が前癌性病変と認識されている異形成、上皮内癌、浸潤癌ではどの程度の変化として認められるのか、病理組織学的には、まだ十分検討されていない。
  (1)色調変化
  NBIを用いると、著変を認めない正常扁平上皮は、やや緑がかった白色調で光沢を持ち、上皮下の微細血管網が明瞭に透見できる。これに対し通常光で発赤病変等として視認できる病変は、境界明瞭な茶褐色領域として描出され、扁平上皮内癌の場合は、さらに濁った茶褐色調の領域として認識される。このように、非腫瘍部と腫瘍部では、茶褐色調領域により明瞭な境界が見いだされ、病理組織学的にも非腫瘍部と腫瘍部とが区別できるようになる。この茶褐色調の領域は、“brownish area”と呼ばれており、主として、腫瘍部では非腫瘍部に比べ、微小な毛細血管が増生していることにより、腫瘍部と周囲の非腫瘍部との間で散乱光と吸収光のバランスの違いが生じ、このような特徴的な色調の変化を来すと考えられている。
  (2)IPCLの形態変化
  IPCLは、正常部では等間隔で上皮下乳頭層に限局するが、上皮内癌では大小不同に拡張して分枝し、上皮の表層にまで伸長し増生している。この組織上の微細血管構築の変化を表面から内視鏡的に観察したものが、IPCLの形態変化である。正常なIPCLの径は、10〜15μmと報告されているのに対して、不整に拡張したIPCLの径は約100μmであることからも、約10倍にまで拡張していることになる。

また、IPCLの変化は多彩な形態上の変化も伴う。内視鏡では、このことを「不規則」という言葉で表現している。「不規則」とは、具体的には(1)血管径の不規則さ、(2)走行の不規則さ、(3)血管密度の不規則さ、これら3点を総合して判断するものである。内視鏡用語としては、これらの所見をもってmicrovascular proliferation pattern(MVP pattern)として紹介されており、(1)IPCLの血管密度上昇、(2)IPCLが分枝を伴って上皮表層部近傍まで増生、(3)大小不整な血管腔形成、といった病理組織学的な所見が対応する。
  2)咽頭表在性扁平上皮病変の病理組織像とNBI画像との対比
  NBIの出現により、IPCLの微細な変化として現れる“brownish area”の認識が可能となり、それまで見逃されていた微小病変が数多く検出され、早期扁平上皮病変の検出率が、格段に向上した。しかし、検出された早期扁平上皮病変には、非腫瘍性炎症性病変、癌前駆性病変である異形成、上皮内癌、さらには、上皮下浸潤癌といった多様な病変が包含されていた。そのため、積極的治療の必要性の視点から、内視鏡像と病理組織像とを対応させて詳細に検討することにより、“brownish area”の診断基準を再構築する必要があることが明らかとなった。

咽頭の扁平上皮病変の診断は、gastrointestinal tract(GIT)の分類ではなく、upper aerodigestive tract(UADT)の分類に従う1)。WHO分類(2005年)では、扁平上皮前駆病変および関連する病変をsquamous cell hyperplasia、mild dysplasia、moderate dysplasia、severe dysplasia、carcinoma in-situに分けている1)。ほかに、squamous intraepithelial neoplasia (SIN)と、Ljubljana Classification Squamous Intraepithelial Lesions (SIL)の分類がある(表1)。WHO分類での異形成の診断基準として、architectural atypia(構造異型)とcytological atypia(細胞異型)が紹介されているが、IPCLには言及されていない。しかし、既に述べたように、現在はNBIにより表在性病変の異常に関連するIPCL評価が可能となったことを踏まえると、咽頭表在性病変の診断基準にIPCLに関する評価を加えることは、極めて重要である。

表1§ Classification schemas that histologically categorize precursor and related lesions
2005 WHO classification Squamous intraepithelial
Neoplasia (SIN)
Ljubljana Classification
Squamous Intraepithelial
Lesions (SIL)
Squamous cell hyperplasia   Squamous cell (simple)
hyperplasia
Mild dysplasia SIN1 Basal/parabasal cell hyperplasia*
Moderate dysplasia SIN2 Atypical hyperplasia**
Severe dysplasia SIN3*** Atypical hyperplasia**
Carcinoma in-situ SIN3*** Carcinoma in-situ
§文献1より使用
*Basal/parabasal cell hyperplasia may histologically resemble mild dysplasia, but the former is conceptually benign lesion and the latter the lower grade of precursor lesions.
**'Risky epithelium'. The analogy to moderate and severe dysplasia is approximate.
***The advocates of SIN combine severe dysplasia and carcinoma in-situ.

最近われわれは、NBI画像と病理組織像を対比して従来の組織学的な診断項目に加え、IPCLの変化に着眼し、新たな咽頭病変の診断基準を論文化した2)。論文には、IPCLの特徴的変化である(1)IPCL の上方への伸長、(2)拡張したIPCLの分枝、(3)IPCL径の増大を記し、この3項目よりなる“IPCL atypia”を提唱した(表2)。しかし、IPCL atypiaは扁平上皮内癌、浸潤扁平上皮癌等の腫瘍性病変だけでなく、炎症性異型上皮、基底細胞過形成等の非腫瘍性病変、および異形成(軽度−高度)にも認められる変化であり、腫瘍性病変と非腫瘍性病変とを鑑別するためには、扁平上皮病変の構造異型、細胞異型と組み合わせて評価する必要がある。このとき、IPCL変化と組み合わせて評価すべき構造異型・細胞異型として、以下の8項目が挙げられる:(4)増殖する細胞の分布、(5)基底細胞の柵状配列の保持の有無、(6)基底細胞の腫大、(7)有棘細胞層の残存、(8)最表層でのmaturationの残存、(9)核配列、(10)核密度、(11)上皮下での遊離胞巣を形成しての浸潤。殊に扁平上皮基底細胞の変化と全層性の変化には注意を払うべきである。

表2§ 微細血管構造の異常に着目した咽頭の表在性扁平上皮病変の組織学的所見
  正常 炎症 軽度異形成 高度異形成 上皮内癌 浸潤癌
IPCL の上方への伸長 (-) mid zone superficial zone superficial zone superficial zone superficial zone
拡張したIPCLの分枝 (-) (-)〜slight (+) (+) (+) (+); complicated
IPCL径の増大 (-) (-) mild〜severe severe severe severe
増殖する細胞の分布 AB (-) LI〜LH S S D
基底細胞の柵状配列の保持の有無 (+) (+/-), edematous (+) (+) (+/-) -
基底細胞の腫大 (-) (-) (-) (+/-) (+) (+)
有棘細胞層の残存 (+) (+) (+) (-) (-) (-)
最表層でのmaturationの残存 (+) (+) (+) (+) (-) (-)
核配列 PP PP PP PL PL PL
核密度 NI NI IM IS IS IS
上皮下での遊離胞巣を形成しての浸潤 (-) (-) (-) (-) (-) (+)

§ 文献2より改変
IPCL, intra-epithelial papillary capillary loop;
増殖する細胞の分布:免疫組織化学的染色によりMIB-1陽性細胞を増殖する細胞として認識する
AB, arranged in the basal layer; LI, localized at the peri-IPCL; LH, limited to the lower third of intra-epithelial layer;
S, scattered in intra-epithelial layer; D, distributed densely in the intra-epithelial layer;
PP, polarity preserved; PL, polarity lost; NI, not increased; IM, increased mildly at the peri-IPCL or the lower third of intra-epithelial layer; IS, increased severely throughout the intra-epithelial layer.

図1 A)NBI画像 B)実体顕微鏡像 C)ルゴール染色像 D)実体顕微鏡拡大像
図1 A)NBI画像 B)実体顕微鏡像 C)ルゴール染色像 D)実体顕微鏡拡大像

図2 A)H&E染色弱拡大像(腫瘍部と非腫瘍部との境界を含む) B)H&E染色中拡大像
図2 A)H&E染色弱拡大像(腫瘍部と非腫瘍部との境界を含む) B)H&E染色中拡大像

図3 A)NBI画像 B)NBI画像:近接像 C)H&E染色中拡大像 D)H&E染色中拡大像
図3 A)NBI画像 B)NBI画像:近接像 C)H&E染色中拡大像 D)H&E染色中拡大像

ここでは対比される特徴的な症例を紹介する。図1に示すのは、中咽頭左側壁の6mm大の表在性の扁平上皮癌の診断にて、内視鏡的粘膜切除術が施行された症例である。図1AのNBIでは、brownish areaが認められ、拡張するIPCLが集簇する領域を認める(白矢印)。実体顕微鏡写真(図1B)では、拡張するIPCLの集簇を多巣性に認め(白矢印)、同標本のルゴール染色(図1C)では、それらのIPCLが集簇する部分に一致して、ルゴール不染像を認める。実体顕微鏡による拡大像ではNBIで認めたように、コイル状に伸長するIPCLの集簇を認める(図1D:白矢印)。病理組織学的には、それらの領域に一致して、周囲組織とは境界明瞭に上皮内を伸展する扁平上皮癌を認め、上皮下には、高度のリンパ球を主体とする炎症細胞の浸潤を見る(図2A)。拡大写真ではbasaloid cellが密度高く、上皮の全層を置換して増殖しており、核配列は乱れ、基底細胞の柵状配列は認められない(図2B)。上皮突起の不整な伸長、および遊離胞巣を伴う明らかな浸潤は見いだせず、扁平上皮内癌と診断される。NBIおよび実体顕微鏡像でも明らかであったように、花弁状に分枝して拡張するIPCLが上皮表層に伸長していることが、組織像でも裏付けられ、“IPCL atypia”の存在が確認できる(図2B)。

基底細胞過形成と診断される病変においても、IPCLの変化に基づく組織像の違いが見いだせる2)。図3Aに示すように中咽頭後壁の正中に6mm大のIPCLの集簇領域、brownish areaが認められる(病変部を白矢印で表示)。近接像(図3B:病変部を白矢印で表示)でわかるように、拡張するIPCLは集簇するものの、個々のIPCLの分布は、ほぼ等間隔であり、病変の厚みがなく、平坦であることは、図1AのNBIに見るbrownish areaとは所見を異にする。病理組織像では、図3Cに示すように、分枝するIPCLが上方へ伸長し、非病変部に比べてIPCLの密度が増す所見が認められるものの、基底細胞の増殖はIPCLの周囲にとどまり、基底細胞の柵状配列が明瞭に認められる。UADTにおけるWHO分類では、これらの所見に相当する病理診断名は存在しないが、記述的に記載するならば、Basal cell hyperplasiaとするのが適していると思われる2)。同一病変内でも、図3Dに示すように基底細胞の細胞異型は乏しいが、図3Cとは異なり、IPCLが等間隔ではなく、数個が密在して存在し、周囲に比べてやや上皮が隆起する所見を認め、IPCLは微細な変化を示している。

図4 A)通常光画像 B)A)に対応するNBI画像 C)通常光画像:近接像 D)B)に対応するNBI画像
図4 A)通常光画像 B)A)に対応するNBI画像 C)通常光画像:近接像 D)B)に対応するNBI画像

図5 図4の内視鏡画像にみる病変のH&E染色中拡大像
図5 図4の内視鏡画像にみる病変のH&E染色中拡大像

図6 H&E染色強拡大像
図6 H&E染色強拡大像

図4は、図3と同様に生検が施行された別の症例である(図4)。通常光(図4A)とNBI(図4B)による観察像では、下咽頭後壁の正中部には、3mm大のIPCLの集簇領域、brownish areaが認められる(図4A、B:病変部、白矢印)。近接像(図4C、D)でわかるように、IPCLの分布はほぼ等間隔であり、病変の厚みがないことは、図3A、BのNBIに見るbrownish areaと同様である。一方、この症例の病理組織像は、図5に示すように図3症例の病理組織像とは異なる病理組織像を示した。IPCLの上方への伸長が図3症例に比べ、より顕著であり、かつIPCLの分枝も明瞭である。加えて、IPCLを取り巻く基底層から傍基底層領域にかけて、やや腫大した核を有する上皮細胞の増生が認められる。しかしながら、上皮細胞の増生は扁平上皮層内において1/3以下であり、また上皮細胞の増生により生じるべき病変部と非病変部間の領域性は、不明瞭である。細胞異型に関しても、図3C、Dで認められた上皮細胞とほぼ同様の細胞異型である。この病変についての診断は、SIL分類を参考とすると、“Basal-parabasal hyperplasia with IPCL atypia”となる。しかし、この症例で問題としたいのは、この病変が、dysplasiaの初期的な病変、あるいはdysplasiaに移行し得る病変か否かである。さらに、同一症例の別部位からの生検組織像を図6に提示する。図3(C、D)および図5とは異なり、IPCL周囲を取り巻く基底層から傍基底層にかけて、著しい細胞異型を示す異型上皮細胞の増殖を認め、アポトーシス、および核分裂像が散見される。この組織像は扁平上皮内癌、あるいは、その裾野病変との鑑別を要するが、生検組織材料であることより、その判断は難しい。このように、異形成、上皮内癌と診断されるべき病変は、IPCLの変化にプラスアルファの構造異型、および細胞異型が組み合わさることで、病理組織学的に腫瘍性病変と診断できるのであり、われわれは、IPCL atypiaを踏まえた病理組織学的診断基準を提唱している2)。早期扁平上皮病変の成り立ちにおいて、構造異型と細胞異型と比較してIPCLの変化が先行して生ずるものか、並行するものか、あるいは後発するものか検討する必要があり、病理組織学的に異型性を示すbrownish areaが、可逆性の異型性病変か、あるいは異形成、早期癌へと進展する腫瘍性病変であるのか、今後も検討が必要である。

この項の最後に咽頭表在癌の浸潤判定について言及したい。われわれは浸潤と判断する項目として、「(11)上皮下での遊離胞巣を形成しての浸潤」という項目を挙げた。わが国の第10版食道癌取扱い規約では、上皮内癌より深達度の深い病変は「癌腫が粘膜固有層にとどまるもの(pT1a-LPM:M2)」と、「癌腫が粘膜筋板にとどまるもの(pT1a-MM:M3)」とに分類される。これらの分類では、浸潤という言葉は使用されていないが、図解の部分では、下方発育を浸潤として表現してあり、「遊離胞巣」の有無は考慮されていない。食道はもちろん、咽頭においても、上皮内伸展部分の上皮が肥厚し、かつ上皮突起が伸長する病変にしばしば遭遇する。また食道癌取扱い規約では、それらの進展形式に対して、INFa、 INFb、 INFcといった分類も存在する。わが国の食道癌の病理診断では、「遊離胞巣」については言及されておらず、周囲の非腫瘍性上皮より上皮内癌成分の厚さが肥厚していれば、下方発育とみなし浸潤とすべきであると明記されている。そのため、少なくとも食道癌規約上、EP(=Tis)、すなわち“癌腫が上皮内に存在する”ことに対する診断基準が、病理医間で分かれる可能性があり、食道早期癌に対しても、“浸潤”と診断する上で議論の余地はある。われわれの咽頭表在性癌での検討では、複数の連続切片で明確な遊離胞巣が見いだされない症例は、術後リンパ節転移再発を来していないデータがある2)。浸潤とは、「腫瘍細胞が脈管侵襲を来し、リンパ節を含めた他臓器への転移の危険のある状態という生物学的な悪性度を反映したものでなくてはならない」と考えるならば、浸潤の有無は主観的ではなく、客観的データに基づいて、正確に定義されるべきである。今後は、食道癌と咽頭癌の規約統一の可能性も考慮し、咽頭表在性腫瘍の厚さが将来的なリンパ節転移再発のリスクにどの程度関与するか、検討することが望まれる。

このページの先頭へ
 3.
  咽頭に特化して、病変の成り立ち、診断基準を詳細に紹介した論文はこれまでのところない。そのことは、いかにこの領域の病変の発見が困難であり、検討対象病変ではなかったということを明白に示している。そこで、昨年発表された喉頭についてのreview3)を参考に、咽頭の表在性、早期病変について考えてみたい。

喉頭の分類の1つとしてSIL分類が用いられており3)、問題となるのは、SIL分類のどの病変が前癌病変と考えられるか?である。通常、正常な上皮が扁平上皮癌となるには、transformした扁平上皮細胞のclonalな増殖を引き起こし得る遺伝子異常の進行的な蓄積が必要とされている。しかし、現状では喉頭の扁平上皮癌の前癌病変の診断、あるいはリスク評価に用いることのできる遺伝子変化は特定されていない。同様に、咽頭扁平上皮癌においても、その研究対象が今まで進行癌であったことにより、前癌病変、早期癌についてのリスク評価において使用できる診断基準、遺伝子変化に関する情報は極めて乏しい。

頭頸部領域では、2005年にWHO分類としてdysplasia systemが提示され、SIN分類とLjubljana分類(SIL分類)とともに使用されている1)。Dysplasia systemは、子宮頸部の扁平上皮病変に関して使用される伝統的な診断基準に準じている。しかしながら、HPV virusの感染が高頻度である子宮頸部と頭頸部領域とで、その病因は異なる。そのため、子宮頸部とは独立した咽頭領域専用の適切なgrading systemを用いる必要がある。生検が施行された場合、その組織から見いだされる病理学的変化は、臨床医の治療指標として有用であり、その臨床への貢献度は測りしれない。
このページの先頭へ
 4.
  表1に見るように、dysplasia systemでは、過形成とdysplasiaの初期像を明瞭に区別することを可能にする単一の組織学的な診断名は、提示されていない。Mild、 moderate、 severeというdysplasiaをgradingして分類することに力点が置かれているが、dysplasiaについては、moderate dysplasiaは廃止し、low-grade dysplasia、high-grade dysplasiaに2分すべきという考えもある。

次に、dysplasia systemでは、診断項目とされていないbenign lesionにおける重要な組織学的な特徴をLjubljana分類から紹介する3)(表3)。Ljubljana分類にあるように、malignant potentialではない病変の基準を明示して区別することは、dysplasia systemにはないものである。

しかし、dysplasia system、Ljubljana(SIL)分類、SIN分類のいずれにも、IPCL atypiaは、診断基準項目としては含まれていない。臨床医がNBIを利用した画像診断技術により、“正常とは違う病変として明確に見いだすことのできる病変”であるIPCL atypiaを含めた病理診断基準を作成することは重要と考える。
表3§良性扁平上皮病変において認識される所見(SIL分類)
診断名 Squamous hyperplasia Basal-parabasal hyperplasia
所見 Hyperplastic epithelium Augmentation of basal and parabasal cells-lower part of epithelium, occasionally slightly more
  Increased prickle layer Unchanged prickle cells in the upper part
  Basal-parabasal layer unchanged Stratification-smooth transition of basal cells with perpendicular orientation to basement membrane to prickle cells orientated horizontally to the basement membrane
  Normal maturation Parabasal cells-slightly increased cytoplasm compared with basal cells, no intercellular bridges
  No cellular atypia Parabasal cells-slightly enlarged nuclei, uniformly distributed chromatin
  Infrequent regular mitoses in basal layer Rare regular mitoses in or near basal layer
Less than 5% of dyskeratotic cells
§文献3から抜粋して使用
このページの先頭へ
 5.
  UICCおよび日本の頭頸部癌取扱い規約における咽頭癌のT 因子は、いずれも表面から見た大きさで決められている。NBIが導入されて内視鏡医が積極的に咽頭を観察するようになるまではこれで十分であったことは、頭頸部癌学会による2002年頭頸部悪性腫瘍全国登録における中・下咽頭癌の中で上皮内癌(Tis)登録が1例もなかったことからも裏付けられる。咽頭におけるT因子には、隣接する臓器である食道にあるような深達度の評価は含まれていない。それは、咽頭には粘膜筋板がないために、上皮下から固有筋層に至るまでの層を、食道と同様に粘膜固有層と粘膜下層という2層に分けることができないことによる。そのため、癌深達度を評価するのであれば癌の厚さを実測するしかないが、その厚さとリンパ節転移のリスクに関する大規模なデータが全くないのが現状である。このような問題点を踏まえ、当院では咽頭癌の生検・外科材料にて、深達度の代わりに組織学的な腫瘍の厚さを計測しており、これまでに得られた結果を紹介する2)
  1)IPCLの変化と上皮下浸潤について
  咽頭表在癌は、主に小型のbasaloid cellからなり、上皮の肥厚を伴って上皮内伸展を示す。この扁平上皮内癌の肥厚にIPCLの分枝・増生に基づく上皮内の血管密度の上昇が関与していることを、当院での多数症例による研究により見いだした2)。すなわち、上皮内癌の厚さと上皮下浸潤および微小血管密度と上皮下浸潤には、それぞれ有意な相関関係が存在しており、厚い上皮内癌では、IPCLとして認識される微小血管密度が上昇し、上皮内癌の腫瘍の厚さが増大し、その結果上皮下浸潤を来すことが推測される。このことから、IPCLの変化を追及していくことは、咽頭表在癌の初期浸潤病態を明らかにする上で極めて重要な所見と考えられる。IPCLの変化に基づく内視鏡診断学を構築することにより、咽頭表在癌の初期浸潤像を画像診断の上で見極めることができる可能性は十分あるものと考えられる。
  2)T factorと上皮下浸潤および脈管侵襲像との関係について
  現行の規約のT factorと上皮下浸潤との関係を検討してみると、組織学的な腫瘍径と上皮下浸潤には相関関係が存在し、腫瘍径が大きいほど、上皮下浸潤を高率に示した2)。さらには腫瘍径と腫瘍の厚さとの間にも相関関係が存在した2)。また腫瘍の厚さと脈管侵襲像の有無との関係においても、腫瘍が厚い、すなわち深達度が深いほど有意差を持って脈管侵襲像が存在した2)。以上のことは、腫瘍の厚さも危険因子の1つとなり得ることを示唆している。われわれが検討した症例中数例はT2に属するものであったが、上皮下浸潤および脈管侵襲を認めなかった。これらは、内視鏡的切除の恩恵を患者にもたらす良い対象症例である。だからこそ、腫瘍の厚さと脈管侵襲像が相関する事実は、ほかの消化管の諸臓器と同様に、咽頭癌においても腫瘍の厚さを考慮に入れたT因子が有用な危険因子となり得ることを意味する。T因子は、臨床医がリンパ節郭清などの追加治療を決定する上での指標となり得る因子であり、今後は多数症例に基づく解析により、pathological T factorにpathological tumor thicknessが含まれた治療指針を築く必要がある。
  3)咽頭表在性扁平上皮癌の臨床病理像について
  前述の腫瘍の厚さとリンパ節転移との関係について咽頭癌独自に検証していくことは、臨床病理学的に重要なことではあるが、当院で蓄積された内視鏡的に切除された200例を超える症例の中でも、ある程度の観察期間を有して検討した症例の中では、リンパ節転移を後に来した症例は、現在までのところ1例のみである。このことは“内視鏡的に切除され得る”咽頭表在性の扁平上皮癌の悪性度を含む生物学的病態がどのようなものであるかを強く示唆している。しかし、当院のこれまでのデータでは、外科的に部分切除された症例でも、内視鏡的に切除された症例より腫瘍の厚さが薄い場合でも、転移を来しているもの、来していないものが混在しており、残念ながら、今は明確な数値で示す厚さにより表在癌の定義を決める時期ではない。以上の点を十分に踏まえて、今後、内視鏡的切除された症例、外科的部分切除された症例について詳細に病理学的に検討を加えてデータを集積した後、経過観察を十分に行い、表在癌の定義、進行癌とすべき危険因子を解明していくことが望まれる。
このページの先頭へ
 6.
  咽頭領域は、嚥下や発声などのQOLに直結する問題を抱えているため、早期発見・低侵襲治療が確立することは患者にとって多大な恩恵をもたらすことが期待できる。治療法としては、消化管の早期癌の治療法として確立された内視鏡的粘膜切除術(EMR)、あるいは内視鏡的粘膜下層剥離術(ESD)が応用されている。

一方、当院では多発ヨード不染帯を有する多発性咽頭表在性扁平上皮癌症例の存在が認められている2)。このことは、同一患者がこれらの病変に対して頻回に内視鏡的切除を受ける可能性があることを示しており、後年に咽頭狭窄という新たな合併症が生じる危険性をはらんでいる。すなわち、病理診断には明らかな癌として切除する必要のある病変か、あるいは経過観察をしていくべき病変かの決定についても求められているということを意味している。今後、多数症例の集積に基づく研究により、長期成績を明らかとし、適切な治療指針、ひいては患者側に立った医療を作り上げていくことになる。病理医は、咽頭癌病変に対しては、患者の方々の術後のQOLも考慮し、“拡大切除を可能な限り避ける”という認識を持って病理診断を行う必要があり、そのためにも臨床医と密な連携を取り合うことが重要である。
このページの先頭へ
 7.
  咽頭表在性癌は、小型のbasaloid cellからなる上皮内癌が多く、上皮内癌の厚みがかなり出てきてから遊離胞巣を伴った浸潤像が見いだされることが多い。この上皮内癌の厚さと上皮下浸潤が相関し、上皮内癌の厚さはIPCLの変化による微小血管密度上昇とも密に相関する。この“腫瘍の厚み”が、内視鏡的、病理組織学的診断の双方に今後反映されるべきと考えられる。

咽頭表在性病変のみならず、診断学は臨床医と病理医の連携によって検証の繰り返しと所見の統合が合わさって向上し得るものである。今後はNBIの開発と応用により、咽頭の表在性病変を見つけていたstageから、“治療の必要性の有無を考慮した診断学を改良するstage”に移行しなければならない。
このページの先頭へ
 
  1. Barnes L, Eveson JW, Reichart P, Sidransky D. World Health Organization Classification of the tumours: Pathology & Genetics Head and Neck Tumours. Lyon, France: IARC Press; 2005:140-143.
  2. Fujii S, Yamazaki M, Muto M, Ochiai A. Microvascular irregularities are associated with composition of squamous epithelial lesion and correlate with subepithelial invasion of superficial type pharyngeal squamous cell carcinoma. Histopathology 2010;5:510-5222.
  3. Gale N, Michaels L, Luzar B, Poljak M, Zidar N, Fischinger J, Cardesa A. Current review on squamous intraepithelial lesions of the larynx. Histopathology. 2009;54:639-56.
  藤井 誠志
(国立がん研究センター東病院 臨床開発センター 臨床腫瘍病理部細胞動態室)
このページの先頭へ